Daily Updates for Radiologists

日々の疑問を解説していくブログ

性腺および胎児への遮蔽の使用に関するAAPMの意見書 その3

どうもこんにちは、ラジ猫です

 


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今日のご飯はフォロワーに感化されてとんかつにしました

 

 

今日の話題

 

 

radiation-paper.hatenablog.jp

 

今日もAAPMの意見書のネタで行きます(もう飽きたかな?)

 

 

おさらい

 

前回記事では

  • 性腺防護の歴史、矛盾点
  • 過去から現代への線量の変化

についてさらっと語らせていただきました
(かなり主観混じりでお見苦しいものをお見せいたしました…)

 

今回は根拠となる論文の重要点を

 

1、遺伝的な観点

2、線量的な観点

3、防護を行うことでの不利益

4、リスクへのアプローチ

 

からピックアップを行っていきます

 

防護をしない根拠

1、遺伝的な観点

  • 遺伝的な影響はそもそも起こるのか?

 

今回日本語訳をもう一度見直しましたが

ヒトの研究では,誘発された遺伝的疾患はもとより,放射線により誘発された生殖細胞の遺伝子突然変異はこれまでのところ確認されていない。

(国際放射線防護委員会の2007年勧告)

との記述がやはりありました

 

ということで、現状人間では「確認されていない」というのが最新の知見で間違いなさそうです

  • マウスを用いた発達異常リスクの推定

人間では遺伝的影響は報告されていませんが、マウスを用いた実験においては推定値が出されています

 

UNSCEAR(2001)は,骨格異常,白内障,及び先天異常に 関するマウスのデータを(慢性の低LET放射線という条件に合わせてリスク率を適切に調整し た上で)用い,約20×10̠⁻⁴ Gy ⁻¹という発達異常の総合的なリスク推定値の総計を得ている

これらの計算で用いられているすべてのデータは,オスの照射研究で得られたものであり,このようにして推定された率は両性に適用できると仮定された。

(国際放射線防護委員会の2007年勧告)

2007年勧告では、マウスと人との発生割合の違いや性別による違い、また全年齢層を参考にすることへの弊害などが書かれていますが

難しいことは省略します!!!(私自身まとめ切れていない) 

 

この表を見ると具体的な数値が分かるかと思います

 

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1世代(子のみ。孫は考慮しない)で倍加線量を1Gyとしたときに

 

出生生児100万人当たり1 Gy当たりで

常染色体優性及びX染色体連鎖疾患についてはほぼ750から1,500症例程度

常染色体劣性疾患に対してはゼロ

慢性疾患に関しては250から1,200

また先天異常に関しては2,000の程度と推定される

(国際放射線防護委員会の2007年勧告)

 

 

皆さん、学生時代やりましたね?
倍加線量とかリスク係数とか…(細かいこと言うと、倍加線量の考え方とかが2007年勧告と変わってるので今の学生と話が通じないかもしれませんが…そもそもそんな話するはずないじゃないですか

 

これは、あくまで1Gyです

私たちが小児へ当てようとしている線量はいかほどでしょう…?

 

 

2、線量的な観点

さて、遺伝的影響のおおよその発生率が分かったところで実際の検査時の線量を見てみましょう

 

【股関節A→P】

まず、日本語の論文から参考にしてみた

(撮影条件:70kV,16mAsにおいて)

生殖腺防護を行なわない場合、(臓器線量は)精巣で0.58mGy、卵巣で0.50mGyであった。生殖腺防護を適用させると、精巣では0.05mGy、卵巣では0.16 mGyまで臓器線量が減少した。

それぞれの臓器に対する放射線防護率を放射線防護率で表わすと、精巣で94%、卵巣で68%となった。

川浦稚代. X線医学診断検査における生殖腺防護措置の有効性評価. 医学物理. 2004, 24, 1, 21-30

(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjmp2000/24/1/24_21/_pdf)

 

 

見やすくすると

防護前

testis(精巣) <0.58mGy

ovary(卵巣)   <0.50mGy

 

防護後

testis(精巣) <0.05mGy(94%OFF)

ovary(卵巣)   <0.16mGy(68%OFF)

 

これらの数値はICRUの1982年のレポートで示されている

防護をすることで男性で95%女性で50%生殖腺の線量を削減することができる

という値に近く、信頼できるものであるといえる

 

これだけ見ると、相当量の線量が防護されているように感じるかもしれない

しかし、値が1mGy以下であることを考えてほしい...

 

 

【胸部単純撮影への腹部防護】

同じ論文より参考に

100kV,6.4mAsの条件において

 

防護前

testis(精巣) <0.01mGy(測定限界以下)

ovary(卵巣)   <0.01mGy(測定限界以下)

 

防護後

testis(精巣) <0.01mGy(測定限界以下)

ovary(卵巣)   <0.01mGy(測定限界以下)

 

…あれ?

そもそも防護する必要あるのでしょうか?

 

 

【胸部CTへの腹部防護】

ここまでの結果でうすうす気が付いてるかもしれませんが…

上記の論文より引用すると

 

防護前

testis(精巣) <0.04mGy

ovary(卵巣)   <0.10mGy

 

防護後

testis(精巣) <0.03mGy(-0.01mGy)

ovary(卵巣)   <0.05mGy(-0.05mGy)

 

 

また別の論文でも、スキャン範囲からエプロンまでの距離ごとの線量低減率を示している

 

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Lifeng Yu1 Michael R. Bruesewitz Thomas J. Vrieze Cynthia H. McCollough.Lead Shielding in Pediatric Chest CT: Effect of Apron Placement Outside the Scan Volume on Radiation Dose Reduction.AJR Am J Roentgenol . 2019 Jan;212(1):151-156. doi: 10.2214/AJR.17.19405. Epub 2018 Nov 13.

 

エプロンをしている状態でも、20cmの幅でスキャンした場合はスキャン中心から25cmの点で0.17mGyである

エプロンを下限範囲から1cmのところに配置したとしても、11.5%しか線量は削減されず、10cm離れてしまうと1パーセントしか削減されていない

 

撮影線量に対して、エプロンを使用した場合の防護可能な線量があまりに小さいことが分かるだろう

 

 【胎児への線量】

妊婦さんの帝王切開などの術前によく腹部防護行いますよね?

あれは
「胎児への放射線を減らす」
ことが目的である

では、そもそも胸部や頭のCTでどれほどの線量が胎児へ照射されているのだろう?

 

アメリカ産科婦人科学会(ACOG)の

「妊娠中および授乳中の画像診断に関するガイドライン」より引用する

 

With few exceptions, radiation exposure through radiography, computed tomography (CT) scan, or nuclear medicine imaging techniques is at a dose much lower than the exposure associated with fetal harm. If these techniques are necessary in addition to ultrasonography or MRI or are more readily avail- able for the diagnosis in question, they should not be withheld from a pregnant patient.

(いくつかの例外を除いて、X線撮影、CTスキャン、または核医学画像技術による放射線被ばくは、胎児への影響が懸念される被ばくよりもはるかに低い線量です。これらの手法が超音波検査またはMRIに加えて必要な場合、または疾患の診断でより容易に利用できる場合は、妊娠中の患者から差し控えるべきではありません。)

 

Committee opinion no. 723: Guidelines for diagnostic imaging during pregnancy and lactation. Obstet Gynecol. 2017;130(4):933-934.

 

 

以下が具体的な線量です(条件は上記論文を参照)

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(条件にもよりますが)0.01mGy-0.6mGyと低い線量であることが分かります

 

 3、防護を行うことでの不利益

解剖学的不利益

小児の股関節撮影をしたことがある人はわかるとは思いますが
生殖腺防護をしよする撮影をする場面は

  • 股関節周囲の疾患
  • 骨盤の腫瘍などの検査

の場合が多いです

 

そのため、性腺防護を置く位置によっては

  • 解剖学的な情報欠損(シェントン線など。

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(乳児健康診査における股関節脱臼二次検診の手引き  http://www.jpoa.org/wp-content/uploads/2013/07/180306.pdf

  • 病理学的な情報欠損(骨腫瘍など)

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(Marij J. Frantzen & Simon Robben & Alida A. Postma & Johannes Zoetelief & Joachim E. Wildberger & Gerrit J. Kemerink.Gonad shielding in paediatric pelvic radiography: disadvantages prevail over benefit.Insights Imaging (2012) 3:23–32)

 

を伴う場合があります

 

再撮影のリスク

「いやー、股関節に防護かぶっちゃったわ。もう一回」

「あらら、ずれちゃってて全然防護できてないじゃない!先生に文句言われるから、ちゃんとした位置でもう一回ね!」

「あらやだ、妊婦さんのプロテクターで下肺野かけてるじゃない…」

 

そのもう一度の撮影がいかに無駄なのかということは皆さんお分かりですよね?

 

撮損リスクと、被曝リスク、どちらを取りますか?ということです

 

加えて、女児(女性)の場合、卵巣位置が必ずしも性腺防護の下にあるとも限りません(そのためICRUも性腺防護を行った際の、卵巣への線量低下は50%程度と記しています)

 

 

線量低減…されてる?

これまでの具体的な数値を見て、皆さんどう感じたでしょうか?

股関節撮影時の性腺防護はともかく

  • 胸部撮影において0.01mGy以下の線量の生殖腺を守るためにプロテクトすることで、生殖腺の線量が0.01mGy以下になった
  • 0.01mGyを削る為に、嫌がる子供にエプロンを撮影範囲ぎりぎりまでかぶせた

これは…果たして低減されているといってよいものなのでしょうか?

 

 

4、リスクへのアプローチ

これまで散々

「防護してもそんなに線量変わらないし、そもそも生殖腺も胎児も線量は低い」

「むしろ防護することで見たい情報が削れる可能性も」

 

と私は書いてきました

 

かといって

 

「ラジ猫がこんなこと言ってるのだから、明日から防護やーめた!」

 

という短絡的な結果になってしまってはいけません

 

「おいおい、責任逃れか?」

と思うかもしれませんが、そうではありません

 

患者の遮蔽の使用を中止することは、数十年にわたって放射線医学が実践されてきた方法から大きく逸脱することになるだろう。この慣行を廃止する必要性は明らかであるが、患者が自分の受ける治療に自信を持てるようにすることは、医療専門家の責務である。

RM Marsh and MS Silosky. Patient shielding in diagnostic imaging: Discontinuing a Legacy Practice (2019) AJR; 212:1-3.

 

私たちは、高等教育で放射線や物理を学んだ専門家です

医学的、科学的、時には心理学的観点から最良の医療を提供しなければなりません

 

ではどのようにすればよいのでしょうか?

 

まずAAPMは

被曝による遺伝的リスク < 防護による情報の欠損、線量過多のリスク

であると考えているため、防護を中止するように勧告したことを思い出していただきたい

我々もこのリスクに対して、医学的・物理的観点から向き合い、ディスカッションすることが必要となるのです

 

その上で防護をしないと決まった場合、Marshらは

検査が始まる前に患者の懸念に対応することが有益である

  • 患者に事前に遮蔽しなことを伝え、遮蔽をしないことの有益性やリスクなどの根拠を伝えることで、患者の質問や懸念をくみ取ることができる
  • ポスターやパンフレットで情報提供を行い、故意に遮蔽していないことを示す

特定の状況下で遮蔽を行うかどうかは、技術者の裁量に任せることが重要である

  • 遮蔽がないことに非常に不安を感じている患者には、潜在的なリスクを知らせるべきである
  • それでも遮蔽が患者に大きな心理的利益をもたらすと技師が判断した場合には、専門家の判断に委ねられるべきである
  • しかし、可能な限り遮蔽は避けるべきであることを医療スタッフは強調することが重要である

と述べている

 

また、自論ではあるが

各診療科とのディスカッションを行い、防護の方向性について周知徹底する

  • 被曝リスクと遮蔽による情報欠損リスクを周知し、総合的に評価する
  • 技師や物理士が中心となり、小児科、整形外科、産婦人科などとディスカッションを行い、被曝リスクとの兼ね合いなど病院としての方向性を決めたうえで防護の中止を決定する
  •  防護を「悪しき習慣」とするのではなく、その病院ごとの最適解を求める
  • 「今までやってきたからこのままやります」を絶対に通さない←これが一番言いたい

これが重要だと考えております

 

まとめ

何かとまとまりに欠ける文章になってしまいましたが…要点をまとめると

  • 生殖腺への被曝による遺伝的リスクはかなり低い
  • 生殖腺や胎児を防護したとしても線量低減にはほとんど繋がらない
  • 放射線科医師、放射線技師、物理士が中心となり各診療科とのディスカッションを行い、防護のメリット・デメリットを評価したうえで防護を中止する
  • 患者への周知を必ず行う

これらが小児の生殖腺防護を考える上で重要になるでしょう

 

皆さんも各施設で話し合ってみてください

この記事がその際に少しでも役に立てば幸いです