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日々の疑問を解説していくブログ

性腺および胎児への遮蔽の使用に関するAAPMの意見書 その2

どうもこんにちは、ラジ猫です

こやつはばろちくんです
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今日の話題

 

 

radiation-paper.hatenablog.jp

 

前回に引き続き

性腺および胎児への遮蔽 その2です

 

 

 

なぜ性腺防護をするようになったのか

性腺防護の歴史

まずは防護の歴史から解説する必要があります

本当はAAPM勧告の論文紐解く予定でしたが、この話が前提にあった方が理解しやすいので

X線発見当初

性腺への影響が最初に報告されたのが1903年のことである(モルモットへの避妊)
驚くべきことにその二年後には、すでに皮膚への放射線治療の患者に対しての性腺防護が考えられ、Halberstaedterが女性への生殖腺シールドを使用している
1910年には書籍「Die Röntgen- technik」の中でAlbers-Schönbergによって診断および治療時の精巣の遮蔽を推奨するなど、X線発見当初より性腺に対する遮蔽意識が高かったことが伺える
しかし、1941年版ではその記述が消えていたり、卵巣への診断X線時の遮蔽の記述がなかったりと、かなり曖昧であったことは確かのようである

この時期には放射線による遺伝的影響を懸念する論文が数多く執筆され、人々の関心を集めていたようである

 

 第二次世界大戦

防護の契機となったのは、広島長崎原爆である
犠牲者への影響が知られ放射線への恐怖心が煽られる事態となる

更に医療用途や核実験による降下物が理由で人々の被曝線量は増加し、放射線への恐怖心を益々煽ることとなる

 

ここで一つの鍵となる勧告がICRPによってされる

1954年にICRPによって

“In all irradiations the gonads should be protected as much as possible by collimation of the beam or by protective screens.”

(すべての照射について、可能な限りビームコリメートや防護スクリーンによって保護されるべきである)

との声明が出されたのである

 

その後も放射線による遺伝的影響は観測されていないにもかかわらず
ICRPは遺伝的突然変異の蓄積を懸念し
1956年に

「遺伝的損傷はより重要である」
「この問題の重要性と緊急性を認識して近い将来、『遺伝的線量』の最大許容量(のちのESD)を勧告する」

と宣言した

(その後ESDは遺伝的リスクよりも発がんリスクが懸念されていく流れの中で静かに姿を消したのであった…)

 

これにより生殖腺防護が我々技師の中でも日常の風景となったのである

 

 

この後もICPR 34(1982年)において

“The gonads of individuals with reproductive potential should be protected if they are within the primary beam or within5 cm of it, and if the shielding does not exclude important diagnostic information or interfere with the study.”

(生殖能力のある性腺は、一次ビーム内またはその5cm以内にあり、遮蔽によって重要な診断情報が排除されたり、研究に支障をきたさない場合には保護されるべきである)

と勧告が出るなど、戦後から日本でいう昭和時代は性腺防護が一般的となっていた

 

 

ちなみにICRP Public34によると、性腺防護により

精巣の線量の95%

卵巣の線量の50%

をCutできるとの報告が上がっていますので目安までに覚えておいていただけると…

 

 

現在

現在も変わらず、放射線防護は行われている場合が多い

ええ、昭和の時代から全く変わってないのです

 

しかし、皆さん思い出してください

ICRPは2007年勧告で

放射線に関連して遺伝性疾患が過剰になるという直接的な証拠を示したヒトの研究はない」(ICRP 103)

とコメントしたことを覚えていないでしょうか?

 

我々はICRPが出した遺伝的影響を懸念し、遮蔽するべきとの勧告を、ICRP遺伝的影響が見られた研究はなかったと声明を出した後も行っているのです

 

矛盾に満ちていませんか???

 

 AAPMの声明でも記されていますが

X線撮影における性腺および胎児の遮蔽は、何十年にもわたってALARAの原則と一致しており、それゆえに良好な実践であると考えられてきた。技術の進歩と放射線被曝リスクに関する現在の証拠を考慮して、AAPMは性腺および胎児遮蔽の有効性を再考した。

 

技術の進歩も素晴らしいものがあり、この百年で骨盤の撮影時のSurface Air Kermaは、なんと400分の1(!!)になっているそうです

遺伝的影響が懸念されていた1950年ごろと比べても10分の1以下です

 

こういったことを考慮して、今回のAAPMの提言書は出されているのです

 

まとめ

今回をまとめると

  • 100年前から性腺防護はされていた
  • 戦後の放射線への恐怖と遺伝的影響の観点から、ICRPが性腺防護の勧告を出した
  • しかし放射線の遺伝的影響がみられる研究は見当たらず、Surface Air Kermaは、性腺防護が始まった100年前の400分の1になった

 

これを前提に、次回から具体的な論文を紐解きます(今度こそ)

 

 参考文献

Jeukens et al. Gonad shielding in pelvic radiography: modern optimised X-ray systems might allow its discontinuation Jeukens et al.  https://doi.org/10.1186/s13244-019-0828-1

国際放射線防護委員会の2007年勧告 http://www.icrp.org/docs/P103_Japanese.pdf